お引っ越し ― 2009年12月05日 16時58分56秒
iPhoneで投稿ができるようになるといいなと思っていて、BlogPress にであった。こちらはbloggerの記事更新ができるiPhoneアプリ。写真も記事中に組み込めて、ちゃっちゃとアップできる。
なので、こちらからblogger(http://mi370.blogspot.com/)にお引っ越し、古い荷物(記事)をどうしようかと思い、bloggerのインポートを試してみたけどNG。エラーが出てうまく読み込めない。であれば、こちらはこのままにしておいて、あっちを引き続き更新していく方針にした。
それにしてもtwitterのインパクトは大きかったなぁ。ブログとかほとんど興味がなかったのだが、あの即時性にはまってしまい、140文字以上の記事も、同様に軽快にアップしたくなったというわけ。
なので、こちらからblogger(http://mi370.blogspot.com/)にお引っ越し、古い荷物(記事)をどうしようかと思い、bloggerのインポートを試してみたけどNG。エラーが出てうまく読み込めない。であれば、こちらはこのままにしておいて、あっちを引き続き更新していく方針にした。
それにしてもtwitterのインパクトは大きかったなぁ。ブログとかほとんど興味がなかったのだが、あの即時性にはまってしまい、140文字以上の記事も、同様に軽快にアップしたくなったというわけ。
加藤和彦さん逝く ― 2009年10月19日 19時05分48秒
30年近く前、安井かずみさんにお話をうかがう機会を得て、六本木プリンスホテルへ(こちらももういまはないのですよね…)。そこに、加藤和彦さんが待っていて、安井さんがちょっと遅れることを告げてくれた。二言、三言しか言葉は交わさなかったが、あの柔らかな声と物腰に、すっかり魅了された。たちまちファンになった。まだ真新しかった六本木プリンスの雰囲気によく似合って、めちゃくちゃに格好よかった。
数分後、安井さんが現れた。「カズヒコさん」と、呼びかけた安井さんの声音、そしてニュアンス。こちらも、とても心地よいものだった。
洗練された雰囲気の漂う大人のカップルに見えた。当時の私の中では、格好良さNo.1のカップルだった。
お二人ともいまはもういない。
どうぞ安らかに……。
数分後、安井さんが現れた。「カズヒコさん」と、呼びかけた安井さんの声音、そしてニュアンス。こちらも、とても心地よいものだった。
洗練された雰囲気の漂う大人のカップルに見えた。当時の私の中では、格好良さNo.1のカップルだった。
お二人ともいまはもういない。
どうぞ安らかに……。
『大唐游侠伝(だいとうゆうきょうでん)』 ― 2009年10月12日 00時33分34秒
チャンネルNECOの武侠ドラマ枠(毎週金曜日午後11時から)で『大唐游侠伝(だいとうゆうきょうでん)』が始まった。また、楽しみが増えた。
数年前、同チャンネルの『射鵰英雄傅』に魅せられて以来、すっかり中国武侠ドラマの虜になった。原作者・金庸(きんよう)の名前もこのとき初めて知り、近くの図書館にあった「金庸武侠小説集」(徳間書店刊)を借り出しては読むようになった。チャンネルNECOでは、その後も、『天龍八部』、『笑傲江湖』、『神雕侠侶』、『連城訣』と矢継ぎ早に武侠ドラマを放映。間に古龍(こりゅう)原作の『大旗英雄伝』を挟みながら、再び金庸作品の『碧血剣』、『雪山飛狐』、『鹿鼎記』を投入してきた。直近の『鹿鼎記』は、金庸作品の中ではやや趣を異にするもので、「うん?、なんかちょっと違うなぁ…」という感じを抱きながらも、結局、全話視聴&読了。やっぱり、金庸は面白い!
「そういえば、このわくわく感は以前味わったことがあるような…」と、記憶を巡らしてみたら、子供の頃によく見た東映時代劇に一脈通じるところがあることに気づいた。荒唐無稽な展開はあるものの、義理人情の機微を巧みに織り込み、派手なアクションを随所に織り込みながら、主人公がさまざまな冒険譚の中で成長していく。その様が格好いい。登場人物のキャラ立てもしっかりしていて、わかりやすい。だからこそ、余計に次の展開が見たくなるーーそんな大衆映画の定石をきちんと押さえて、楽しませてくれるからだ。
今回の『大唐游侠伝(だいとうゆうきょうでん)』は、金庸、古龍と並び称される「中国新派武侠小説の三大大家」の一人・梁羽生(りょう・うせい)の原作だという。ドラマ化スタッフは『射鵰英雄傅』『鹿鼎記』の制作スタッフ。大いに期待が持てる。実際、第1集、2集の滑り出しは快調だ。いつもの悪い癖で、次週が待ち遠しくて、ついyouku.comで、第3週、4週を見てしまった。さすがに中国語音声・中国語字幕はつらいので、ここで映像による展開を楽しんで、細かな内容は翌週のチャンネルNECOの日本語字幕版に譲ることにしよう。しばらくはこんな二度おいしい状態が続くかもしれない。
ともあれ、まだ中国武侠ドラマをご覧になっていない人にはぜひおすすめしたい。 しばらくすると大唐游侠伝(だいとうゆうきょうでん) DVD BOX
も発売になる予定とか。
映像以外で手軽に武侠ドラマの世界を味わうのであれば、金庸の金庸武侠小説集の文庫版がおすすめ。私の一押しは『射鵰英雄傅』
(ドラマを見、単行本を読んだのに、結局、文庫版を購入してしまって再度楽しみました)。これは三部作の第一作目なので、これを読んではまると、『神雕侠侶』
、『倚天屠龍記』
へと武侠小説の世界にとっぷりと浸っていくことになりますよ……。
数年前、同チャンネルの『射鵰英雄傅』に魅せられて以来、すっかり中国武侠ドラマの虜になった。原作者・金庸(きんよう)の名前もこのとき初めて知り、近くの図書館にあった「金庸武侠小説集」(徳間書店刊)を借り出しては読むようになった。チャンネルNECOでは、その後も、『天龍八部』、『笑傲江湖』、『神雕侠侶』、『連城訣』と矢継ぎ早に武侠ドラマを放映。間に古龍(こりゅう)原作の『大旗英雄伝』を挟みながら、再び金庸作品の『碧血剣』、『雪山飛狐』、『鹿鼎記』を投入してきた。直近の『鹿鼎記』は、金庸作品の中ではやや趣を異にするもので、「うん?、なんかちょっと違うなぁ…」という感じを抱きながらも、結局、全話視聴&読了。やっぱり、金庸は面白い!
「そういえば、このわくわく感は以前味わったことがあるような…」と、記憶を巡らしてみたら、子供の頃によく見た東映時代劇に一脈通じるところがあることに気づいた。荒唐無稽な展開はあるものの、義理人情の機微を巧みに織り込み、派手なアクションを随所に織り込みながら、主人公がさまざまな冒険譚の中で成長していく。その様が格好いい。登場人物のキャラ立てもしっかりしていて、わかりやすい。だからこそ、余計に次の展開が見たくなるーーそんな大衆映画の定石をきちんと押さえて、楽しませてくれるからだ。
今回の『大唐游侠伝(だいとうゆうきょうでん)』は、金庸、古龍と並び称される「中国新派武侠小説の三大大家」の一人・梁羽生(りょう・うせい)の原作だという。ドラマ化スタッフは『射鵰英雄傅』『鹿鼎記』の制作スタッフ。大いに期待が持てる。実際、第1集、2集の滑り出しは快調だ。いつもの悪い癖で、次週が待ち遠しくて、ついyouku.comで、第3週、4週を見てしまった。さすがに中国語音声・中国語字幕はつらいので、ここで映像による展開を楽しんで、細かな内容は翌週のチャンネルNECOの日本語字幕版に譲ることにしよう。しばらくはこんな二度おいしい状態が続くかもしれない。
ともあれ、まだ中国武侠ドラマをご覧になっていない人にはぜひおすすめしたい。 しばらくすると大唐游侠伝(だいとうゆうきょうでん) DVD BOX
映像以外で手軽に武侠ドラマの世界を味わうのであれば、金庸の金庸武侠小説集の文庫版がおすすめ。私の一押しは『射鵰英雄傅』
脳がつながっている感じ ― 2009年10月11日 14時32分19秒
自由北朝鮮運動連合が北朝鮮向けに小型ラジオを大型風船で飛ばしたというニュースを聞いて、「The network devices is the media.」という言葉が浮かんだ。
風船自体は北朝鮮に届かなかったようだし、ラジオはインターネットに象徴される双方向のネットワークデバイスとは微妙に異なるが、こうした現象を見聞きするにつけ、最近急速に進むネットワークデバイスの小型化、低価格化に思いを馳せずにはいられない。こうした動きは今後ますます加速していくはずだ。
ネットワークデバイスの小型化、低価格化による普及が進めば、情報共有化、知の共有化はますます促進され、「脳の一部←→ネットワークデバイス←→ネットワーク(近頃流行のクラウドコンピューティングなんかもふくめて)」という、いわゆる「脳がつながっている感じ」がとりたてて特別な状況ではなくなっていくはずだ。
もちろん、その「つながり具合」に微妙な違和感を感じて、「ちょっとこれは違うんじゃない?」と感じる人が出てくるのかもしれない。しかし、大半の人にとっては目先の便利さが優先する。特に「つながり」を意識されることなく、ネットワークはますます日常の中に深く浸透していくことだろう。
そんな時代のネットワークデバイスが果たす役割--その一つが、これまで新聞、TV、ラジオ、電話、チラシ、看板、のぼりなどが果たしてきたメディアの役割だ。従来のメディアと大きく異なるのは、双方向性による情報の更新性および最適化という機能だ。ネットワークデバイスは、従来のメディアが浸透しにくかった生活のさまざまな場面に、まるでアメーバのように滑り込み、そこから有用な情報をフィードバックし、それに最適化した情報を再び送り込むといったことを苦もなくやってのける。情報は定着よりも変容にシフトし、常に更新と消費を繰り返すことになる。供給は、従来のメディア専業者だけでなく、ごく普通のネット発信者からも行われ、これまでの需要と供給のバランスは崩れる。供給は過多となり、必然的に価格の低落を生む。価格下落がどこまで進むかは、情報の価値評価と、その供給量との兼ね合いにかかっているが、いまはその分岐点が見えない。新たな需要と供給のバランスは果たしてどのような形で整ってくるのか?
「メディアのあり方が変わってきた」とは、すでに何年も前からいわれてきたことだが、ネットワークデバイスの普及が一段と進めば、そのことが一段と明確になってくることだろう。メディアの行く末にますます興味が募る。
風船自体は北朝鮮に届かなかったようだし、ラジオはインターネットに象徴される双方向のネットワークデバイスとは微妙に異なるが、こうした現象を見聞きするにつけ、最近急速に進むネットワークデバイスの小型化、低価格化に思いを馳せずにはいられない。こうした動きは今後ますます加速していくはずだ。
ネットワークデバイスの小型化、低価格化による普及が進めば、情報共有化、知の共有化はますます促進され、「脳の一部←→ネットワークデバイス←→ネットワーク(近頃流行のクラウドコンピューティングなんかもふくめて)」という、いわゆる「脳がつながっている感じ」がとりたてて特別な状況ではなくなっていくはずだ。
もちろん、その「つながり具合」に微妙な違和感を感じて、「ちょっとこれは違うんじゃない?」と感じる人が出てくるのかもしれない。しかし、大半の人にとっては目先の便利さが優先する。特に「つながり」を意識されることなく、ネットワークはますます日常の中に深く浸透していくことだろう。
そんな時代のネットワークデバイスが果たす役割--その一つが、これまで新聞、TV、ラジオ、電話、チラシ、看板、のぼりなどが果たしてきたメディアの役割だ。従来のメディアと大きく異なるのは、双方向性による情報の更新性および最適化という機能だ。ネットワークデバイスは、従来のメディアが浸透しにくかった生活のさまざまな場面に、まるでアメーバのように滑り込み、そこから有用な情報をフィードバックし、それに最適化した情報を再び送り込むといったことを苦もなくやってのける。情報は定着よりも変容にシフトし、常に更新と消費を繰り返すことになる。供給は、従来のメディア専業者だけでなく、ごく普通のネット発信者からも行われ、これまでの需要と供給のバランスは崩れる。供給は過多となり、必然的に価格の低落を生む。価格下落がどこまで進むかは、情報の価値評価と、その供給量との兼ね合いにかかっているが、いまはその分岐点が見えない。新たな需要と供給のバランスは果たしてどのような形で整ってくるのか?
「メディアのあり方が変わってきた」とは、すでに何年も前からいわれてきたことだが、ネットワークデバイスの普及が一段と進めば、そのことが一段と明確になってくることだろう。メディアの行く末にますます興味が募る。
パタゴニア スタンドアップパンツ ― 2009年10月09日 12時18分22秒
先月、2009年秋冬モデルのレトロカーキ色を購入したところ、思いの外フィット感がよかったので、もう一色あるエスプレッソを購入(パタゴニア公式サイト)。
前モデルから変わったのは次の2点。右のフロントポケットの内側にコインポケットが追加になったことと、裾の後ろ半分に泥よけパネルがついたこと。裾捌きの軽快さが若干損なわれた感じはするが、この裾の後ろ側は結構すり切れたりしてへたるので、耐久性という意味では○。コインポケットもちょっと鍵などを入れておくときに便利だ。
なによりこのスタンドアップパンツのよいところは、この種のパンツのへたりどころ、フロントから膝にかけてと、ヒップから股下にかけての部分が二重になって補強されている点だ。「かなりヘビーに扱っても大丈夫」という安心感が気に入っている。
「デザイン的にはどうよ?」という声はあるかもしれないが、なんだか70年代のヘビーデューティの匂いがぷんぷんするので、私は好きだ。
同じ10オンス・オーガニックコットンキャンバスを使っているショップパンツという選択肢もあるかもしれないが、あちらはレギュラーフィットでワタリの部分がスリムになっている。トラバースパンツのように伸縮性のある素材であれば、このスマートさは大いに買いなのだが、厚手のコットン素材となると、やはりゆったり目のスタンドアップパンツの方が断然動きやすい。見た目より機能性を重視すると、こちらに軍配が上がる。
というわけで、この秋冬はスタンドアップパンツ2本がヘビーローテーションになりそうだ。
前モデルから変わったのは次の2点。右のフロントポケットの内側にコインポケットが追加になったことと、裾の後ろ半分に泥よけパネルがついたこと。裾捌きの軽快さが若干損なわれた感じはするが、この裾の後ろ側は結構すり切れたりしてへたるので、耐久性という意味では○。コインポケットもちょっと鍵などを入れておくときに便利だ。
なによりこのスタンドアップパンツのよいところは、この種のパンツのへたりどころ、フロントから膝にかけてと、ヒップから股下にかけての部分が二重になって補強されている点だ。「かなりヘビーに扱っても大丈夫」という安心感が気に入っている。
「デザイン的にはどうよ?」という声はあるかもしれないが、なんだか70年代のヘビーデューティの匂いがぷんぷんするので、私は好きだ。
同じ10オンス・オーガニックコットンキャンバスを使っているショップパンツという選択肢もあるかもしれないが、あちらはレギュラーフィットでワタリの部分がスリムになっている。トラバースパンツのように伸縮性のある素材であれば、このスマートさは大いに買いなのだが、厚手のコットン素材となると、やはりゆったり目のスタンドアップパンツの方が断然動きやすい。見た目より機能性を重視すると、こちらに軍配が上がる。
というわけで、この秋冬はスタンドアップパンツ2本がヘビーローテーションになりそうだ。

最近のコメント